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5分で解ける!建武の新政と南北朝の動乱2に関する問題

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5分で解ける!建武の新政と南北朝の動乱2に関する問題

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この動画の問題と解説

練習

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中世23 練習 問題

解説

これでわかる!
練習の解説授業
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練習問題で、今回の内容を確認しましょう。

中先代の乱を機に、南北朝の動乱が始まった

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北条時行が起こした中先代の乱は 足利尊氏 によって鎮圧されましたが、尊氏はそのまま天皇に反旗を翻し、京都に攻め入ります。
後醍醐天皇を京から追いやり光明天皇を擁立した尊氏は、基本政策である 建武式目 を定めました。

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一方、 後醍醐天皇 は皇居を 吉野 に移し、南北朝の動乱と呼ばれる戦いが始まります。

北朝内部の争いと、南朝の正統性を示した神皇正統記

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北朝内部では、足利尊氏と直義の兄弟が対立する 観応の擾乱 が起こりました。
尊氏が直義を毒殺することでこの争いは終わりますが、混乱の中で南北朝の争いは長引いてしまいました。

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尊氏は、このような北朝の内乱の中で、武士の忠誠が揺るがないようにするため、守護に荘園領主の年貢の半分を与える 半済令 を出しました。

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また南朝ではこの頃、『 神皇正統記 』を出して南朝の正統性を主張した 北畠親房 が亡くなりました。

練習の答え
中世23 練習 答え
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この南北朝の動乱は、室町時代の最初の部分に当たります。
このあと、南北朝を統一する足利義満の時代に移っていきます。

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建武の新政と南北朝の動乱2
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