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5分でわかる!承久の乱の結果

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この動画の要点まとめ

ポイント

承久の乱後の幕府

中世14 単語1 承久の乱の結果中世14 ポイント1 承久の乱の結果

これでわかる!

ポイントの解説授業

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今回は、引き続き鎌倉時代の政治について見ていきます。
まずは、北条義時の時代に起きた大きな戦い、承久の乱の結果と、それによって幕府がどう変わっていったか、というところから見ていきます。

3上皇の配流と、天皇の譲位

中世14 ポイント1 「・3上皇の配流」と、「・譲位」の部分のみ

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1221年承久の乱で、北条義時を中心とする幕府が、後鳥羽上皇を中心とする朝廷側に圧勝しました。
その結果、幕府はまず、朝廷側の中心人物を次々と排除していきます。
後鳥羽(ごとば)、土御門(つちみかど)、順徳(じゅんとく)の三上皇を、それぞれ隠岐(おき)、土佐、佐渡へ配流します。
隠岐は島根県の北方にある隠岐諸島、土佐は今の高知県、佐渡は新潟県沿岸にある佐渡島のことです。旧国名の、現在の位置も、できれば地図帳や図録などで確認しながら押さえておきましょう。

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さらに、天皇になったばかりの仲恭天皇(ちゅうきょうてんのう)も、後堀河天皇(ごほりかわてんのう)へ譲位させられます。
こうして、朝廷側の中心人物は、全員散り散りになってしまいました。

西国支配の拠点、六波羅探題

中世14 ポイント1 六波羅探題~ラストまで

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幕府は、上皇の配流や天皇の譲位で朝廷の影響力が弱まった京都に六波羅探題(ろくはらたんだい)を設置し、朝廷の監視や、政治裁判の拠点としました。
幕府ができた当初は京都守護がありましたが、その代わりにこの六波羅探題が設置されました。

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初代の六波羅探題は、北条泰時と北条時房の二人です。
北条氏が直々に行って、西国の政治を行った、ということです。
こうして、幕府は今までは朝廷が持っていた西国の支配権を確立しました。

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さらに、六波羅探題を拠点として、西国に「幕府の家来」=「御家人」=「地頭」を設置していきます。
承久の乱後、幕府が新たに手に入れた土地を与えて地頭にした御家人を、新補地頭(しんぽじとう)といいます。

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幕府は、この新補地頭になりたい人を増やすため、新補率法を定めます。
これは、土地の面積一反ごとに五升の米を追加で徴収できる、というものでした。
つまり、新補地頭になった人は、自分の土地から多く税を取って、自分の物にしていいですよ、というボーナスをつけたのです。

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こうして、幕府は朝廷の権力を弱め、六波羅探題を設置し、新補地頭を次々と任命して勢力を強めていきました。

Kurokawa
この授業の先生

黒川 広貴 先生

「どこがテストに出るの?」「どうやって覚えたらいいの?」「どうしたら点数がとれるの?」という疑問に答え、着実に点数を伸ばすための授業を展開。

承久の乱の結果
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