高校日本史B

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5分で解ける!弘仁・貞観文化3(第2問)に関する問題

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5分で解ける!弘仁・貞観文化3(第2問)に関する問題

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この動画の問題と解説

問題

一緒に解いてみよう
弘仁・貞観文化1・2の確認テスト【一問一答問題】

原始・古代文化15 問題2 問題

解説

これでわかる!
問題の解説授業
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次は、一問一答形式の問題です。
間違わずに書けるか確かめましょう。

問題2(1)

原始・古代文化15 問題2(1) 問題

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当時、男性しか入れなかった高野山金剛峰寺と比較して、女性も参詣することができたことから『女人高野』と呼ばれた寺は、 室生寺 (むろうじ)です。
山岳寺院であるため、これまでの寺と異なり自由な伽藍配置が特徴です。

問題2(1)の答え
原始・古代文化15 問題2(1) 解答

問題2(2)

原始・古代文化15 問題2(2) 問題

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天台宗を開いたのは 最澄 (さいちょう)です。
最澄は同時期に唐に渡った空海よりも早く帰国したため、密教を完全に学ばないまま天台宗を創始しました。
弟子の 円仁 (えんにん)・ 円珍 (えんちん)が、再び唐に渡って天台宗を密教として完成させました。
しかし、天台宗は円仁・円珍の弟子の時代に分裂してしまうことになります。

問題2(2)の答え
原始・古代文化15 問題2(2) 解答

問題2(3)

原始・古代文化15 問題2(3) 問題

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仏教が日本に伝わる前からあった神道は、弘仁・貞観文化の時代に仏教勢力の拡大を受けて、神と仏を同一視するようになります。
この、神と仏の融和を図ることを 神仏習合 (しんぶつしゅうごう)といいます。
なかでも、神を仏の仮の姿であると考える思想を 本地垂迹説 (ほんちすいじゃくせつ)といいます。

問題2(3)の答え
原始・古代文化15 問題2(3) 解答
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弘仁・貞観文化3(第2問)
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