中学歴史

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5分で解ける!鎖国下の外交に関する問題

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5分で解ける!鎖国下の外交に関する問題

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この動画の問題と解説

練習

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中学歴史36 練習2 カッコ空欄

解説

これでわかる!
練習の解説授業
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練習2は、鎖国下の外交についての問題です。
日本との貿易を求め、ロシアから使節がやってきたという話をしましたね。

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1792年、ロシアからやってきたのが ラクスマン でした。
彼は蝦夷地(北海道)の 根室 に来航したのでしたね。
根室では交渉に応じてもらえず、長崎に向かうよう支持されたラクスマンは、一旦ロシアに帰国します。

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そして、ラクスマンが来航した12年後の1804年、今度はレザノフが長崎にやってきます。
しかし、幕府はレザノフの通称要求を断固拒否したのです。

中学歴史36 練習2 全表示、根室まで答え入り

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そして1825年、幕府は 日本に近づいてきた外国船を砲撃させる法令 を出しました。
これを 外国船打払令 といいましたね。「異国船打払令」でも正解です。

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この時の幕府は、ある4つの国以外とは、貿易はおろか交渉すら拒否していました。
幕府に通商・交渉を認められていた4つの国は、朝鮮と中国のほかにはどこでしたか?
答えは 琉球王国オランダ でしたね。

答え
中学歴史36 練習2 答え入り
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松平定信が行ったのが、質素倹約を旨とする、寛政の改革でした。
ロシアからはラクスマンやレザノフが来航し、幕府は外国船打ち払い令を制定しましたね。
国内の改革と、鎖国下での外交。
それぞれの内容をきちんと整理しておきましょう。

鎖国下の外交
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