5分で解ける!古代イランに関する問題
![高校世界史B](http://assets.try-it.jp/assets/modules/utilities/subject_symbol_border_k0_social_world_history_b-e7d5b0931ab9e3dc12ecbc3dec192b232a2da46d0b0c518b8473df6454bb661a.png)
- ポイント
- ポイント
- 練習
![](http://assets.try-it.jp/assets/modules/components/movie_size-f89110ba4a351d85c483bb12f73c7cf89e2ba13a9174f58b4a38599d28678843.png)
この動画の問題と解説
練習
解説
なぜ、イランをみるのか?
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
まずは最初のポイントです。
なぜイランに注目する必要があるのでしょうか?
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
イランという地域は 東西交易の中継地点 でした。
東側の中国、西側のメソポタミア・エジプトなどの中継地点です。
交易活動において 非常に大切な地域 だからこそ、注目する必要があるのです。
パルティアとササン朝 その1
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
そのイランに興った王朝が2つあります。
パルティア と ササン朝 です。
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
まずは、パルティアから見ていきたいと思います。
このパルティア、建国者の名前を アルサケス と言います。
アルサケスはイラン系遊牧民を率いて建国しました。
彼の中国名を 安息 と言います。
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
パルティアの拠点となった都は クテシフォン です。
クテシフォンは東西交易の要所・中心として繁栄しました。
パルティアとササン朝 その2
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
パルティアの後に出てくるのが ササン朝ペルシア でした。
このササン朝を建国した人物が アルダシール1世 です。
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
アルダシール1世は、ササン朝の人びとを団結させるためにあることを行いました。
それが ゾロアスター教の国教化 です。
同じ宗教を信仰させることで、仲間意識を芽生えさせようとしたわけです。
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
アルダシール1世が建国して以降、ササン朝は東側・西側の敵と戦っていました。
しかし ニハーヴァンドの戦い で敗北し、ササン朝は壊滅状態になりました。
パルティアとササン朝 その3
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
ササン朝の文化として マニ教 を紹介しましたね。
マニ教とは、ゾロアスター教をいじって(仏教やキリスト教を加えて)成立した宗教です。
ササン朝にとって、ゾロアスター教は国教です。
国教をいじってできたマニ教は、ササン朝で迫害を受けてしまいました。
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
そして ササン朝美術 についても紹介しました。
イランで発達したササン朝美術は、東西交易によって遠く中国を経て、 最終的に日本にまで伝わりました 。
![高校世界史 古代オリエント6 練習 答え入り](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/images/k/0/soc_w_his_b/2_0_6_3/k_soc_w_his_b_2_0_6_3_image02.png)
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
なぜ、イランという地域に注目し、わざわざ歴史を見ていく必要があるのか。
その理由は地理的な秘密にありましたね。
イランは 東西交易の中心地 として、東西を接続する重要な位置にあったのです。
![lecturer_avatar](https://d12rf6ppj1532r.cloudfront.net/shinzato.png)
その重要な位置に興った国が パルティア と ササン朝 でした。
これらの二つの王朝は、東西交易で繁栄しました。
さらには、 文化や宗教が東西に広がっていく キッカケにもなったのです。
古代イランの2つの王朝、しっかり覚えておきましょう。
![](http://assets.try-it.jp/assets/modules/utilities/logo_black-a711ae7f4c2af1410b916e7066a5e8950d6f2f3a2150e093b6dc878ad8f31d3f.png)
高校世界史Bの問題
- 先史時代
- ギリシア世界
- ローマ世界
- インドの古典文明
- 東南アジア前近代史
- 中国の古典文明
- 中国の分裂・混乱期(魏晋南北朝)
- 東アジア文明圏の形成(隋・唐)
- イスラーム世界
- 中世ヨーロッパ世界の成立
- 中世ヨーロッパ世界の展開
- 中世ヨーロッパ世界の各国史
- 東アジア世界の展開
- 明・清の時代
- 中国周辺地域史
- イスラーム世界の繁栄
- ルネサンスと大航海時代
- 宗教改革
- 主権国家体制と西欧絶対王政
- 東欧絶対王政
- イギリスの市民革命
- アメリカ世界の成立
- フランス革命とナポレオン
- ウィーン体制の成立と崩壊
- 19世紀の欧米諸国(1) 英・仏・伊・独
- 19世紀の欧米諸国(2) 露・米
- 19世紀の欧米諸国(3) 19世紀の欧米文化
- 中国と朝鮮の植民地化
- アジア諸地域の植民地化
- 帝国主義の時代
- 世界分割と列強の対立
- 帝国主義と東アジア
- 帝国主義とアジアの民族運動
- 第一次世界大戦とロシア革命
- ヴェルサイユ体制とワシントン体制
- 第一次世界大戦後の欧米諸国
- 戦間期のアジア諸地域
- 世界恐慌とファシズム諸国の侵略
- 第二次世界大戦と戦後秩序の形成
- 米ソ冷戦の時代
- 冷戦の激化と西欧・日本の経済復興
- 第三勢力の台頭と米ソの歩み寄り
- 自立を強める東アジア
- アジア諸地域の紛争
- 経済危機と冷戦の終結
- 現代文明と各地の紛争
今回は古代イランについての学習でした。
それでは、内容を確認していきましょう。