高校世界史B

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5分で解ける!戦勝国イギリス・フランスに関する問題

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5分で解ける!戦勝国イギリス・フランスに関する問題

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この動画の問題と解説

練習

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第一次世界大戦後の欧米諸国2 練習 括弧空欄

解説

これでわかる!
練習の解説授業
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今回は戦勝国イギリス・フランスについて学習しました。
内容を確認していきましょう。

躍進する社会主義勢力!

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第一次世界大戦でイギリスを勝利に導いたのは ロイド=ジョージ 首相でした。彼の時代、1918年には 第4回選挙法改正 が行われ、 女性参政権 が認められました。大戦中の工場労働などで 女性の社会的地位が向上した ことが、参政権獲得の背景にありました。

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選挙権が拡大すると、社会主義政党である 労働党 が得票を増やすようになりました。1924年には、イギリス史上初の労働党内閣である第1次 マクドナルド 内閣が成立したのです。

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第1次マクドナルド内閣は短命に終わりましたが、その後もイギリスでは改革が進みました。1928年には 第5回選挙法改正 が実施され、21歳以上の 男女 に選挙権が与えられました。

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大戦で疲弊したイギリスは、植民地経営の変革にも着手しました。植民地の中でも、白人が支配する 自治領 に対し、本国と同様の地位を与えることを定めた ウェストミンスター憲章 を制定したのです。

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その後イギリスは、イギリス本国・自治領・植民地をまとめて イギリス連邦 となりました。

フランス外交は「本音」と「建て前」!?

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第一次世界大戦でフランスを勝利に導いたのは クレマンソー 首相でした。クレマンソー内閣は 対ドイツ強硬外交 を展開し、その姿勢は1922年に発足したポワンカレ内閣にも引き継がれました。

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ポワンカレ内閣の時代、フランスは、ドイツの賠償金支払いが滞っていることを理由に ルール占領 を行いました。ドイツ西北部の工業地帯ルールを軍事占領したのです。

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ルール占領は国際的な批判を浴び、フランスは外交方針の転換を迫られました。今度は 対ドイツ協調外交 を展開するようになったのです。

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1925年の ロカルノ条約 締結や、1928年の 不戦条約 締結は、フランスの新たな外交路線を象徴する出来事でした。

答え
第一次世界大戦後の欧米諸国2 練習 答え
戦勝国イギリス・フランス
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      第一次世界大戦後の欧米諸国

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