高校世界史B

高校世界史B
5分で解ける!東欧絶対王政(第2問)に関する問題

14

5分で解ける!東欧絶対王政(第2問)に関する問題

14
トライのオンライン個別指導塾トライのオンライン個別指導塾

この動画の問題と解説

問題

一緒に解いてみよう
東欧絶対王政/確認テスト(第2問)

高校世界史 東欧絶対王政8 確認テスト(後半)

解説

これでわかる!
問題の解説授業

問題(1)

問題2(1)

lecturer_avatar

ヨーゼフ2世 の時代の出来事として 誤っているもの を選ぶ問題です。彼は 啓蒙専制君主 として知られる皇帝で、国力の向上に努めました。

lecturer_avatar

①ヨーゼフ2世は 農奴解放令 を発布しています。問題ありません。

lecturer_avatar

第1回ポーランド分割 では3人の啓蒙専制君主が一堂に会しました。プロイセンの フリードリヒ2世 、ロシアの エカチェリーナ2世 、そしてオーストリアの ヨーゼフ2世 です。この選択肢も正しいですね。

lecturer_avatar

③ヨーゼフ2世は 宗教寛容令 を発布しています。問題ありません。

lecturer_avatar

④「 外交革命 」は シュレジエン奪回を狙うマリア=テレジアの時代の出来事 です。ヨーゼフ2世が即位する前の話なので、この選択肢が間違いです。正解は となります。

lecturer_avatar

ちなみに外交革命でフランスと接近した際、マリア=テレジアの娘 マリー=アントワネット が人質としてフランスに渡り、後の ルイ14世 の妻となりました。

(1)の答え
問題2(1)答え入り

問題(2)

問題2(2)

lecturer_avatar

ピョートル1世 がスウェーデンを破り バルト海の覇権を掌握した 戦争といえば?
正解は 北方戦争 です。

lecturer_avatar

北方戦争の最中、ロシアは ペテルブルク を建設し、モスクワから首都を移しました。ピョートル1世はペテルブルクを 西ヨーロッパへの窓口 と位置づけていたので、ペテルブルクは「 西欧への窓 」と呼ばれました。

(2)の答え
問題2(2)答え入り

問題(3)

問題2(3)

lecturer_avatar

ポーランド分割に抵抗した愛国者 といえば?
正解は コシューシコ です。
コシチューシコ と答えても正解です。

lecturer_avatar

18世紀後半、プロイセン・オーストリア・ロシアの3国は、3回にわたってポーランドの分割と併合を行いました。これを ポーランド分割 といいます。 コシューシコ はポーランド分割に抵抗し、ポーランドの独立運動に力を尽くしました。

(3)の答え
問題2(3)答え入り

問題(4)

問題2(4)

lecturer_avatar

万有引力の法則 を発見した物理学者といえば?
正解は ①ニュートン です。
彼は『 プリンキピア 』を著し、力学や物理学の発展に貢献しました。

lecturer_avatar

ラヴォワジェ質量保存の法則 を見つけた化学者です。

lecturer_avatar

ジェンナー種痘法 と呼ばれる 天然痘の予防接種 を開発した医者です。

lecturer_avatar

デカルト は著書『 方法序説 』の中で「 われ思う、ゆえにわれあり 」との名言を残した 合理論の哲学者 です。

(4)の答え
問題2(4)答え入り

問題(5)

問題2(5)

lecturer_avatar

国際法 の必要性を訴え『 戦争と平和の法 』を著した人物といえば?
正解は グロティウス です。

lecturer_avatar

グロティウスは 三十年戦争 の惨状を目の当たりにし、 国と国との間にも戦時におけるルールが必要だ と訴えたのです。彼は「 国際法の父 」「 自然法の父 」と呼ばれています。

(5)の答え
問題2(5)答え入り

問題(6)

問題2(6)

lecturer_avatar

著書『 法の精神 』のなかで 三権分立を主張した 人物といえば?
正解は ③モンテスキュー です。

lecturer_avatar

三権分立の「三権」とは、 司法・行政・立法 の3つの権力を指します。モンテスキューは、これらの権力を集中させることで生じる危険性を主張しました。

lecturer_avatar

ケネー はフランスの経済学者です。著書『 経済表 』の中で 重農主義 の考え方を提唱しました。

lecturer_avatar

ホッブズ はイギリスの政治学者で、 社会契約説 の考え方に基づいて『 リヴァイアサン 』という本を書きました。その中で彼は「 万人の万人に対する闘い 」という言葉を使い、人は放っておくと争いを始めるので、政府を樹立し権力を預け、人々をおさえつけるべきだと主張しました。彼の考え方は、絶対王政を正当化するための理論としても都合の良いものでした。

lecturer_avatar

アダム=スミス は「 古典派経済学の父 」として知られます。彼は自由貿易や自由放任主義を主張し、国家による経済活動への介入を批判しました。代表的な著書に『 諸国民の富(国富論) 』があります。

(6)の答え
問題2(6)答え入り
トライのオンライン個別指導塾
東欧絶対王政(第2問)
14
友達にシェアしよう!
トライのオンライン個別指導塾

高校世界史Bの問題

この授業のポイント・問題を確認しよう

東欧絶対王政

      会員登録をクリックまたはタップすると、利用規約・プライバシーポリシーに同意したものとみなします。
      ご利用のメールサービスで @try-it.jp からのメールの受信を許可して下さい。詳しくは
      こちらをご覧ください。

      トライのオンライン個別指導塾トライのオンライン個別指導塾

      高校世界史B

      高校世界史B