中学歴史

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5分でわかる!地租改正と屯田兵

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この動画の要点まとめ

ポイント

地価の3%を現金で 国の財政を安定させるための地租改正

中学歴史45 ポイント3 答え全部

これでわかる!
ポイントの解説授業
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明治時代2のポイント3は、「地租改正」です。
ここまでの授業で、明治政府が行った 富国強兵 政策について学習してきました。
ポイント1では「 学制
ポイント2では「 徴兵令
それぞれ、政府が国を強くするために行った改革でしたね。
今回学習する「 地租改正 」も、富国強兵というスローガンのもとで行われた改革の一つです。
いったいどんな内容だったのでしょうか?

1873年 「地租改正」条例の公布 地価の3%を現金で納めさせる

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地租改正の「地租」とは、 土地にかかる税金 という意味です。
土地にかかる税金についての決まりを新しくしたのが「地租改正」だったのです。
具体的には、以下のような内容でした。

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・土地の値段( 地価 )を定める
・土地の 所有者 を定め、証明書である 地券 を発行する
地価の3% を地租(税金)とし、土地の所有者に 現金で納めさせる
つまり、土地の値段と所有者を定め、税金を現金で納めさせたのです。
こちらを見てください。

中学歴史45 ポイント3 最下部の1行不要、残りのテキストと右側の画像を表示、答え入り

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右側に写っているのは 地券 の写真です。
地券には 土地の所有者と地価、そして地租 が記載されています。
土地の所有者に対し、証明書として地券が発行されました。

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明治政府が行った地租改正。
いったいなぜ、このような改革が実施されたのでしょうか?

納税方法を「米」から「現金」に変えることで、政府の収入が安定した!

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江戸時代では、幕府の収入は お米 でした。
農民たちが収穫したお米のうち、一定の割合で納められるお米 が幕府の財政を支えていたのです。
明治時代でも当初はこの仕組みでした。
ただし、 米の値段は天候などの理由によって上がったり下がったりします。
どんどん改革を進めたい明治政府にとっては、不安定な収入は都合が悪かったのです。

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そこで、 土地の値段を定め、地価の3%を現金で納めさせる という改革を行ったのです。
土地の値段は簡単には変わりませんし、政府にとっては安定した収入のめどがたち、政治を進めやすくなったのです。

北海道の警備と開拓を担う「屯田兵」

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1874年、士族を中心に 屯田兵 が組織されました。
屯田兵は 北海道の警備と開拓 を担う兵士です。
明治時代の身分制度改革により、特権を失い不満を持っていた 士族 を中心に組織されました。
ロシアの南下政策など、外国の動きを警戒する政府は、
政府に不満を持つ士族たちを中心に、北海道の開拓と防備にあたらせたのです。

中学歴史45 ポイント3 答え全部

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政府が安定した収入を得るために行った 地租改正
北海道の警備と開拓のために派遣された 屯田兵
それぞれしっかり覚えておきましょう。

この授業の先生

松本 亘正 先生

歴史や地理を暗記科目ととらえず、感動と発見がふんだんに盛り込まれたストーリーで展開して魅了。 ときにクスリと笑わせる軽妙な語り口にも定評があり、「勉強ってこんなに楽しかったの!?」と心動かされる子供たちが多数。

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