中学歴史

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5分でわかる!王政復古の大号令

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5分でわかる!王政復古の大号令

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この動画の要点まとめ

ポイント

徳川家の権力を完全に奪え 王政復古の大号令

中学歴史44 ポイント1答え全部

これでわかる!
ポイントの解説授業
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明治時代1のポイント1は、「王政復古の大号令」です。
まずはこちらを見てください。

中学歴史44 ポイント1 人物の写真のうち、左側のみ(徳川慶喜) テキスト不要

徳川慶喜の「大政奉還」 朝廷に権力を返上

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この人物は、江戸幕府の15代将軍徳川慶喜です。
1867年、徳川慶喜は朝廷に権力を返しました。これを 大政奉還 といいます。
大政奉還によって武士の世の中が終わり、江戸時代が終わりを迎えたのです。

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江戸幕府が自分から権力を返したことは、ある人たちにとっては面白くない事態でした。
武力で幕府を倒そう と考えていた、 薩摩藩西郷隆盛大久保利通長州藩木戸孝允 たちです。
彼らは武力で幕府を倒し、そのまま自分たちが権力を持とうと考えていました。
しかし幕府が自分から権力を返したため、彼らの目論見は外れてしまったというわけです。

「王政復古の大号令」 徳川家はもう政治にかかわるな!

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そこで薩摩藩や長州藩は、明治天皇の名で 「王政復古の大号令」 という宣言を出させました。
この宣言では 天皇家が政治を行う ということ、つまり 徳川家はもう政治に関わることはない というメッセージがこめられていたのです。
薩摩藩や長州藩、そして公家の 岩倉具視 という人物らが画策し、天皇の名でこのメッセージを発表しました。

「戊辰戦争」 旧幕府軍 vs 新政府軍

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王政復古の大号令をうけて、旧幕府側は怒りました。
自分たちが朝廷に権力を返したとはいえ、完全に権力を奪うのはやりすぎだ!と憤慨したのです。
そこで1868年、新政府軍と旧幕府軍との間で 戊辰戦争 と呼ばれる戦いが始まりました。

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結論から言うと、この戦争は翌年に 新政府軍の勝利 で幕を閉じます。
ただ、この戦いのさなかには さまざまなドラマがあった ことで知られているのです。
今回はみなさんに2つの有名なエピソードを紹介します。

勝海舟、江戸城を「無血開城」

中学歴史44 ポイント1 人物の写真のうち、右側のみ(勝海舟) テキスト不要

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この人物は 勝海舟 といって、薩長同盟を仲介した坂本竜馬の師匠にあたるような人物です。
西郷隆盛率いる新政府軍が江戸に近づいた際、当時江戸を守っていたのが勝海舟です。
彼は「このまま戦いになれば、江戸の多くの市民が犠牲になってしまう...」と考え、 最初から無駄な戦いはせず、江戸城を明け渡そう という判断をしたのです。
彼の判断のおかげで、江戸の街が破壊されたり、人々が犠牲になることもありませんでした。
これを「江戸城無血開城」といいます。

降伏した榎本武揚、最後まで戦った土方歳三

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もう1つのエピソードは、途中で降伏した人物と、最後まで戦った人物の話です。
戊辰戦争は1869年に決着しました。
戊辰戦争の最後の戦いは、北海道の函館で行われた 五稜郭の戦い です。
劣勢だった旧幕府軍は、「最後まで戦おう!」という意見と、「あきらめて降伏しよう・・・」という意見とに分かれていました。
幕府海軍を指揮した 榎本武揚 (えのもとたけあき)という人物は、抵抗の末に降伏を選択しました。
一方、新選組の副局長であった 土方歳三 という人物は、最後まで戦い抜いた結果、戦死してしまったのです。

中学歴史44 ポイント1 答え全部

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戊辰戦争に勝利した新政府軍は、この後実際に政治を行っていくことになります。
新政府の中心人物として、 西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允 の3人をおさえておきましょう。

Matsumoto

この授業の先生

松本 亘正 先生

歴史や地理を暗記科目ととらえず、感動と発見がふんだんに盛り込まれたストーリーで展開して魅了。 ときにクスリと笑わせる軽妙な語り口にも定評があり、「勉強ってこんなに楽しかったの!?」と心動かされる子供たちが多数。

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