高校世界史B
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5分で解ける!フランク王国の発展に関する問題

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5分で解ける!フランク王国の発展に関する問題

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この動画の問題と解説

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高校世界史 中世ヨーロッパ世界の成立2 練習 括弧空欄

解説
これでわかる!

練習の解説授業

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今回はフランク王国の発展についての学習でした。
内容をおさらいしていきましょう。

なぜフランク王国は長生きしたのか?

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まず、フランク王国の成立~発展にかけての流れを確認していきます。
フランク王国最初の王朝はメロヴィング朝(481~751)。建国者はクローヴィスでしたね。クローヴィスはローマで正統とされたアタナシウス派に改宗することで、カトリック教会と密接な関係を築きました。

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また、フランク王国の時代には宮宰という役職が大きく台頭し、後にカロリング家がこの役職を世襲するようになります。732年、宮宰のカール=マルテルトゥール・ポワティエ間の戦いでウマイヤ朝を撃退し、キリスト世界の守護者として評価を高めました。これが後のカロリング朝につながります。

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751年になるとカロリング朝が始まります。カロリング朝を創始したのはピピンという人物。彼はメロヴィング朝を打倒して建国しました。さらにピピンは756年にランゴバルド王国を攻撃し、獲得したラヴェンナ地方をローマ教皇に献上したのです。ラヴェンナ地方は後の教皇領の起源になります。

西ローマ帝国の復活!?

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続いて、カール大帝の治世について確認していきます。
フランク王国の全盛期を実現したのはカール大帝(シャルルマーニュ)でした。彼は周辺諸国との戦争を繰り返し、旧西ローマ帝国領土を次々と自らの支配下に組みこんでいきます。

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例えば北イタリアではランゴバルド王国を征服し、北ドイツではゲルマン人の一派であるザクセン人を平定、さらにはアジア系遊牧民のアヴァール人を撃退しています。

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また、内政面では地方の有力者や家臣をに任命し、地方行政を担当させるとともに、巡察使をこまめに派遣して伯の働きぶりを監視させました。さらにカール大帝は文化の振興にも熱心で、古典文化(ローマ文化)の復興を大いに奨励します。さらに、イギリスから神学者のアルクインを招くなどしました。ちなみに、カール大帝が主導した文芸復興運動をカロリング=ルネサンスといいます。

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こうしてフランク王国は、カール大帝のもとで、政治・文化の両面で旧西ローマ帝国の後継国家たるにふさわしい発展を遂げました。その発展を見たローマ教皇レオ3世は、カールにローマ皇帝の帝冠を授け、西ローマ帝国の再興を託したのです。この出来事をカールの戴冠と呼ぶこともおさえておきましょう。

答え
高校世界史 中世ヨーロッパ世界の成立2 練習
Shinzato
この授業の先生

新里 将平 先生

「世界史を楽しく,わかりやすく教えたい!」をモットーにストーリー性のある授業展開で、歴史上の人物や国が当時何を考え、どう動いたかを感情を込めて伝える。

フランク王国の発展
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      中世ヨーロッパ世界の成立

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