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5分でわかる!イギリスの方向転換!?帝国主義へ突入!

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この動画の要点まとめ

ポイント

イギリスの方向転換!?帝国主義へ突入!

帝国主義の時代1 ポイント1 答え全部

これでわかる!
ポイントの解説授業
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帝国主義の時代、第1回。
今回は「イギリスの動向」について学習します。

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ポイントの1つ目は「帝国主義に突入するイギリス」です。
19世紀後半以降の イギリスの帝国主義政策 について学習します。

イギリスの方向転換/自由貿易から帝国主義へ

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1870年代後半のイギリスでは、保守党の ディズレーリ が首相を務めていました。実は、彼の時代にイギリスは大きな「 方向転換 」を行いました。

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これまでイギリスは世界各地に 自由貿易 をおしすすめていました。しかし、ディズレーリの時代からは 帝国主義政策 をとり、海外植民地の拡大を重視するようになったのです。

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植民地の獲得にあたって、イギリスは「ある狙い」のもとで海外進出を進めました。こちらの地図を見てください。

地図のみ・書き込みアリ

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イギリスにとって一番重要な植民地は インド でした。イギリスからインドに向かうとき、そのルートは大きく2つあります。地図に実線で示されているルートと破線で示されているルートです。

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実線のルートは 地中海~エジプト方面 を通ってインドへ向かいます。破線のルートは少し遠回りになりますが アフリカ南端 を通ってインドへ向かいます。

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実線のルートをとるためにディズレーリ内閣は スエズ運河会社株を買収しました。 財政難に陥っていたエジプトから株式を買収してスエズ運河の支配権を握り、地中海からスエズ運河を通ってインドへ向かうルートを確保したのです。このルートを確保したイギリスは、1877年に インド帝国 を完成させました。

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その後ディズレーリは1878年に ベルリン会議 に参加しました。ロシアの南下政策を警戒するヨーロッパ諸国が集まったこの会議で、イギリスは キプロス島の統治権を獲得することになりました。 キプロス島はスエズ運河の北部に位置しており、ロシアの南下政策をけん制するにはうってつけの場所でした。

「ディズレーリ」見出し+地図+テキスト全部

植民地相ジョゼフ=チェンバレン、南アフリカ戦争を引き起こす

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イギリスからインドへ向かうルートはもう1つあります。 アフリカ南端 を通るルートです。このルートを重視した政策を行ったのは、ディズレーリ内閣の後に成立した保守党内閣でした。こちらを見てください。

「保守党内閣」見出し+イラスト+テキスト全部

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保守党内閣の時代には ジョゼフ=チェンバレン が活躍しました。ただし彼は首相ではなく 植民地相 という地位に就いていました。 植民地を統括する大臣 のことです。

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彼は植民地獲得のために 南アフリカ戦争 を引き起こすなど、南アフリカにおけるイギリスの帝国主義政策を進めていきました。

議会法の制定/アイルランド自治法の成立

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イギリスにとって課題だったのが「お金」でした。国内政策にはあまりお金をかけず、国外の政策(帝国主義政策)にはしっかりお金をかけたかったのです。

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1905年に成立した自由党内閣は 議会法 を制定しました。議会法は 議会における下院の優位を確立する法律 です。イギリス議会は上院(貴族院)・下院(庶民院)の2つに分かれているのですが、意見が対立したときには下院の意見が優先されることになりました。

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議会法制定には理由があります。自由党内閣は帝国主義政策を進めるために地位や身分が高い人への課税を強化したところ、そうした身分を代表する上院が抵抗する姿勢を見せたため、彼らをおさえつけるべく議会法を制定したのです。

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自由党内閣はさらに、1914年に アイルランド自治法 を成立させました。アイルランドに責任政府を置き、行政や財政を任せることで イギリスの負担を減らそうと考えたのです。

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しかしアイルランド自治法は第一次世界大戦を理由に延期されてしまいました。これを不満とした一部の独立強硬派は イースター蜂起 と呼ばれる武装蜂起を起こしましたが、イギリス政府軍に鎮圧されてしまいました。

「自由党内閣」見出し+テキスト全部

植民地帝国の再編/自治領の形成

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帝国主義政策を進めるイギリスでは、植民地支配にも ある変化 が見られるようになりました。こちらを見てください。

「植民地帝国の再編」見出し+テキスト全部

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世界各地に広大な植民地帝国を持つイギリスは、植民地の中でも 白人が多い地域自治領 として間接支配を行うようになりました。

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カナダ連邦オーストリア連邦 など白人が多い地域に自治権を与えることで、これまでイギリス本国が負担していた植民地の防衛費を現地で負担させようとしたのです。

Shinzato

この授業の先生

新里 将平 先生

「世界史を楽しく,わかりやすく教えたい!」をモットーにストーリー性のある授業展開で、歴史上の人物や国が当時何を考え、どう動いたかを感情を込めて伝える。

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